斑紋の変異型(最新の写真)

圃場の草地,2023年10月22日朝,晴れ

草地のセイタカアワダチソウに来ていたヒメアカタテハです.カメラを向けたときの印象が何か違っていて,何枚か写真を撮ってみました.翅全体が明らかに黒っぽく,特に後翅の黒い斑紋列が目立ちます.一応帰って調べてみたら,ヒメアカタテハの通常の斑紋と比べるといくつか違ったところがあることがわかりました.通常の斑紋を比べると,確かに黒い部分が広いです.特に目立つのは下の写真に矢印を付けた箇所で,(1) 前翅のM3室(前翅の矢印)はふつうは後部がオレンジ色なのですがこの個体では後端まで黒く,またふつうはこの場所には白い斑紋はありません.後翅のM2,M3,CuA1室(後翅の矢印)の黒紋列もふつうよりも大きく,紋の中に青白い鱗粉が載っています.

圃場の草地,2023年10月22日朝,晴れ

ヒメアカタテハは世界中に分布する種類で,季節変異や地域変異がほとんどないことで知られていますが,黒い部分が広い個体は,低温期型(冬型)として知られているらしく,この個体はどうやらそれのようです(参考5).ただし,前翅の余分な白い紋(矢印)や後翅の紋の中の青白い鱗粉(矢印)は通常の低温期型でも見られないので,こちらは斑紋の変異した個体のようです.

参考5の論文によると,ヒメアカタテハは全世界にいるわけではなく,オーストラリアの一部には生息しないそうで,その地域にはヒメアカタテハのかわりに,近縁種のオーストラリアヒメアカタテハ Vanessa kershawiが生息しているとのこと.オーストラリアヒメアカタテハは翅の黒い部分が広く,後翅の黒紋に青白い鱗粉が載っている種類です.今回見つけた個体はこのオーストラリアヒメアカタテハと通常のヒメアカタテハの中間のような斑紋パターンでした.興味深いのは,参考5の論文でヒメアカタテハの幼虫を一定期間低温で保存した個体やストレスを与える物質を投与した個体では,成虫になったときの斑紋が低温期型(冬型)のように黒っぽくなり,さらに後翅の黒紋には青白い鱗粉が載るとのこと.超低温型?ストレス型?という感じでしょうか.オーストラリアヒメアカタテハはそういうタイプの斑紋が遺伝的に定着した種類なのではないか?というのと,低温期型(冬型)の変異が更に進むとその実験の超低温型/ストレス型のようになるのではないか?ということ.今回みつけた個体は,そういう変異型のようです.この公園で何のストレスを受けたのでしょう?

圃場の草地,2023年10月22日朝,晴れ

ヒメアカタテハやそれに近縁のタテハチョウ類で知られる斑紋変異にはもっと大きな変化のある祖先型という変異があるらしいのですが,それは別の変異の傾向に感じました.



基本情報

和名
ヒメアカタテハ
分類
節足動物門 昆虫綱 チョウ目 アゲハチョウ上科 タテハチョウ科 タテハチョウ亜科 ヒメアカタテハ属 (Vanessa)
英名
Painted Lady
学名
Vanessa cardui
状況
IUCN レッドリスト 2022-2[LC] Least Concern ver 3.1(絶滅のおそれなし), Pop. trend unknown(個体数動向 不明) (参考1)

写真とメモ

最新の写真

水産試験場跡地,2023年6月17日朝,晴れ

フレッシュな翅の個体が,保全池のムラサキツメクサで吸蜜中でした.これまで公園でヒメアカタテハを見つけたのは8月以降でしたが,初夏に遭遇したのははじめてです.関東では成虫または幼虫越冬で,5月から10月まで年何回も発生するようですが,越冬できる個体数が少ないのか,夏以降に増えるようです.この時期のフレッシュな翅の成虫は,公園または近くで幼虫越冬したのが成虫になったか,成虫で越冬したのが春に卵を産んで,それが育ったのか,というタイミングでしょうか.

ヒメアカタテハの翅の裏は明るい色でヒョウモンっぽい格子模様や丸い紋が目立ちます.翅の表が似ているアカタテハの裏面は暗い褐色系で模様が沈んで目立たないのと対照的.ヒメアカタテハのように模様が目立つのは,日の当たる草地で草や影が入り乱れる環境では保護色になりやすく,アカタテハの翅裏全体が濃い茶系なのは,樹液の出ている樹皮に対して保護色になっているのでは,という想像をしてみました.



江戸川河川敷,2017年8月13日午後,くもり

みずみずしいヒメアカタテハを見かけました.翅に傷がないので,この近所で育って羽化したのでしょう.幼虫の食草はヨモギハハコグサなど.毎年夏をすぎるとよく見る蝶ですが,今年はたくさん見ているように思います.



にいじゅくみらい公園,2016年11月6日昼,晴れ

水元公園ではないですが,晩秋のヒメアカタテハです.太陽光を浴びるように羽を広げて日向ぼっこをしているところ.成虫越冬をする種類で,東京で越冬できるのかどうかはっきりわかりませんが,春にも探してみましょうか.



中央広場,2014年8月31日昼,くもり

中央広場のソバ畑を散歩していたら,吸蜜に来ていたヒメアカタテハをみつけました.アカタテハとちょっと似ていますが,アカタテハは大きめで黒っぽく,翅が分厚く,全体に重厚な感じがするのに対し,ヒメアカタテハはキタテハなどに近い印象.区別は参考2に.

中央広場,2014年8月31日昼,くもり

ヒメアカタテハが東京で越冬しているのかどうかよく知りません.もともとは南方系の種類で,夏から秋にかけて次第に北に広がってくるという,ウラナミシジミウスバキトンボなどと同じような生活をしている種類のようです.今でも夏以降しか見ないような気もしますが,たとえば,大阪では近年は春にも見るようになったというような記載がありました(参考3).



参考

  1. Walker, A. & Coetzer, A.J. 2020. Vanessa cardui. The IUCN Red List of Threatened Species 2020: e.T174379A161326679. https://dx.doi.org/10.2305/IUCN.UK.2020-3.RLTS.T174379A161326679.en. Accessed on 19 June 2023.
  2. ヒメアカタテハとアカタテハ. “蝶の図鑑(www.j-nature.jp)”. http://www.j-nature.jp/butterfly/zukan/yokunita/akatateha.htm, (参照 2023-06-20).
  3. 越冬するようになったヒメアカタテハ.“北摂の生き物”. http://hokusetsu-ikimono.com/butterfly/060503himeakatateha/index.htm, (参照 2023-06-20).
  4. 今月のチョウ(平成21年). “森林研究・整備機構 森林総合研究所 多摩森林科学園”. http://www.ffpri-tmk.affrc.go.jp/Butterfly/, (参照 2023-06-20).
  5. Ohtaki JM: Stress-induced color-pattern modifications and evolutionof the Painted Lady butterflies Vanessa cardui and Vanessa kershawi. Zoolog Sci 24: 811-819, 2007. https://doi.org/10.2108/zsj.24.811.
  6. . “”. , (参照 ).